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続・まりおの部屋

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2007年 11月 08日

弱者救済の精神の話

少し前に、チップに関して記事にしましたが、モロッコではチップは義務制ではなく、まあ、言ってみれば人がスムーズに動いていくための潤滑油みたいなものだとお話ししました。
モロッコはいろいろヨーロッパの影響が強いのに、何故チップはそれほど根付いていないのかなあと思ったのですが、これは多分イスラム教の存在が大きいためなのではないかと。。。

イスラムには制度化された救貧税みたいなものでザカートと呼ばれる制度がありますが、それとは別に、制度化されない日常的な部分で、サダカと呼ばれる自由意志のお布施のようなものがあります。
本来は信徒の間の相互扶助精神のようなものですが、ちょと何かをしてもらった時などの心付けもこんなところから発しているような気がします。これがチップの代わりになっているとも言えましょう。

実際この弱者救済の精神は日常的にも浸透しています。

この場合、弱者と言うのは貧者という意味だけでなく、立場を変えて人々の間に日常的に存在する言葉としてとらえられていると考えられます。

人手がなければない側の人が弱者になり、ある側が手を貸す。 言ってみれば私なども来た当時は言葉がわからない外国人と言う点で弱者だったのでしょう。 日々の暮らしに支障がないかたくさんの人が手をかしてくれました。 これも弱者救済の精神から来ているのだと思いました。

これは本当に素晴らしい精神です。 持てる者は持たざる者に与えなければならない、というのがその精神の根底にあります。 実際、このことにより、貧から発せられるであろう犯罪もある程度抑えられるのではないか、と思わせるほどです。

しかし、このことには裏があります。裏というと変な言い方ですね。つまり、このことを逆手にとる人たちがいるということです。

どういうことかというと、怠け者の天国みたいになってしまうのですね。意味がおわかりでしょうか。助けられることをいいことに、それを当てにして生きてる人のなんと多いこと。

仕事がない、ということも弱者に当たります。 ですので周囲は庇います。普通はその庇護を受けながら何とか仕事を見つけようとします。でも、ある種の人たちはそれをいいことに親戚中を点々として適当に暮らしてしまいます。 そんなヤツが家に来られたら困ると思っても、このイスラムの精神に従えば、良く来たね、心配しなくていいよ、さあ御飯をお食べ、ということになってしまう。お説教する人もいないでもありませんが、まあ、いいじゃないか、その内に見つかるよ、仕事だって、と甘やかす人もいて弱者はますます弱者に拍車がかかり、何となく日々食べれてしまうので何にもしない。

びっくりする話に聞こえますが、実際存在するのですよ、こういうヤツが。兄弟が7人も8人もいれば、必ず一人はこういうのがいる。なんで庇うの、もっとビシビシやればいいのにと思わされることが度々ですが、私に言わせれば、この相互扶助精神が邪魔をして無碍にでいない。やれやれです。

この、持てる者は持たざる者に与えなければならない、という精神もある意味では厄介です。裏返していえば、稼げば稼ぐほど兄弟親戚に持っていかれる、というのが現実。これはたまりませんね。何のために働いているのかわからなくなります。そして、この精神に律儀な人ほど稼いでも稼いでも、、、ということになります。 だからこの辺もうまいことしていかないとお金はたまりません。イスラムの精神に反しない程度にうまーくガードしていくことが必要になってくるわけです。 これができるかできないかで、こちらの生活は随分違ってくるようです。 ま、親族一同お金持ち、というのならいいんでしょうが、、、、

弱者救済の精神の話から、モロッコの庶民は辛いよ、という結論、一口に宗教といってもいろんな切り口があるものだなあ、という話になってしまいましたが、今日はこの辺で。


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久しぶりに綺麗に飛行機雲が見えました^^
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by nmariomama | 2007-11-08 00:05 | ひとくちモロッコ


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