続・まりおの部屋

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カテゴリ:想い出の一枚( 7 )


2015年 05月 28日

や~ 君も仲間かい?

覚えていらっしゃいますか?この一枚のこの猫さん。


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そう、みうちゃん、チイ坊たちのお母さんです。

もうここには来ないけれど、遠目では時々元気そうなのは確認できてます。

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懐かしいなあ、仔猫たちと一緒、こんな時もありましたね、2012年、ちょうど今頃の5月です。
この写真にチイ坊がいないんですが、じつはチイ坊は5~6日行方不明だったことがあって、
その間のことです。
まあ、無事に戻ったんで今のチイ坊がいるというわけなんですがね。

このコたちも、もう3歳になりましたものねえ、時の経つのは本当に速いものです。



で、なんで、急にこんな話題を、、、と言うと。。。。


実は、数日前のことなんですが、ふとベランダから庭を見たら


あれ?
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チイ坊としろっち? いや、しろっちにしては小さ過ぎる。


そう、向かって左にいるのはチイ坊です。
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して、もう一匹は?

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あらら~~~

これは、、、ひょっとして、多分みうちゃんのコですね、目が良く似てる。

模様がなんと、しろっちとチイ坊を足して2で割ったみたいでおかしい。

鼻にぽちっと黒いのがあるのはチイ坊と同じ。

おお、これは!チイ坊たちの弟分、、、、

たぶんね、ここまで来るのはオスでしょう、確認できなかったけど。

チイ坊は時々、みうちゃんがいる場所にも遠征してるので、付いてきてしまったんでしょうかね。

小さめだけど1歳になってるかもしれませんね。

ふ~~ん、おとうさんは誰だろう、1年前というと、もうへ~ちゃんはいない時期だろうし、

まあ、なんにしてもみうちゃんが元気なことは確かのようで嬉しいですね。


この後チイ坊が姿を消したら、間もなくでこのコもいなくなりました。

でも、お隣の庭でちょろちょろと遊んでいる様子があるので、又現れるかもしれませんね、

チイ坊と一緒に^^

又遊びにおいでね~♪   なんて、あぶないあbない、、、、もうだめよ(笑)


みうちゃんと仔猫たちの話、初めての方は、右欄のカテゴリー、へ~ちゃんファミリー 
というのをクリックしてみてくださいね。
わが家の猫歴の一端です^^




☆・・・・今日のおまけで~す。

こんなん、撮れてたんでした へへ

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この間はしろっちでしたが、これはチイ坊。

フローラが動いたので、ちょうど綱引き状態みたいになって、これも可笑しかったです へへヾ



でわでわ



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by nmariomama | 2015-05-28 16:51 | 想い出の一枚 | Trackback | Comments(16)
2008年 08月 05日

木に登る山羊


モロッコに来た当初、いろいろ絵葉書を買い集めてしまい込んでありました。
今日はその内の一枚の話題です。

思い出の一枚、絵葉書編ですね。

さて、この絵葉書、だいぶ古いものでちょっとわかりにくいかもしれませんが、山羊が木に登ってる写真の絵葉書なんです。

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普通の山羊は木になんか登りませんよね。
では、この山羊は何故登っているんでしょう?

正解は・・・・

下草が少ないから、仕方なく(多分^^;)木に登って葉っぱを食べてる、ってわけです。

ここは、モロッコの西南部の地方、少し内陸に入ると荒野というか、土漠が広がります。
下草はほとんどなく、羊牧はできません。
そこで、山羊。 山羊は童謡にもあるように、お手紙を食べちゃうくらいだから、かなり雑食なんでしょう。 実際、何でも食べちゃうみたいですが、かなりシビアな自然環境にも適しているようです。

この山羊が登っている木は、アルガンと言って、モロッコだけにしかない、しかもこの西南部にしか生育しない木です。

お気づきの方、 そう、あのアルガンオイルの原料の実が生る木。
ビタミンEが大変豊富で、若返りのオイルと言われているあのアルガンオイルです。

去年、ワン連れ旅行で訪れたエッサウィラの街から内陸にちょっと入るとこんな光景が見られるので、本当は生で山羊が木に登っている所を撮りたかったのですが、うまいこと遭遇できず、絵葉書を拝借。。

で、何でタイトルが思い出の一枚となっているかというと、この絵葉書にも懐かしいエピソードがあるんですよ。

来た当初にこの絵葉書を見つけてとても珍しく思い、日本の姉の所にも送ったのです。
もう、23年くらい前?  当時、まだ幼稚園児だった姪っ子に姉がこの絵葉書を見せ。

「ねえ、○○ちゃん、この動物なーに?」

姪っ子、すぐ答えます。

「ヤギ!」

見た目、どう見てもヤギですもんね。

しかし、姉、追求質問。

「でも、木に登ってるよ。」

姪っ子、ちょっと首を傾げた後、

「じゃあ、クマ!」

なるほど、クマは木に登りますもんね^^
このやり取りを姉からの返事で知り、夫と一緒に大笑いしましたが、こちらではヤギが下草がなければ木に登って食べ物を探すという普通のことが、日本ではやはり到底考えられないことなんだなあ、、、と自然環境の違いをしみじみ思ったものです。

そんな可愛い逸話を残してくれた姪っ子も、つい先日めでたく結婚にこぎつけました。

出席できなかったから、祝辞としてファックスを送っておいたのだけれど、このエピソードも入れれば良かったなあ、、、気がついたのが遅かった、残念。

ま、ともあれ、あらためて、姪っ子と、、、それからモロッコのヤギにも乾杯~~^^♪
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by nmariomama | 2008-08-05 18:02 | 想い出の一枚 | Trackback | Comments(12)
2008年 02月 11日

彼方へ・・・

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夫とウィンダです。

冬の朝の海辺。7時半ごろだったでしょうか・・・
さすがにこの季節この時間は人もいなくて、ウィンダもリードなしで歩かせられました。

写真の日付を見ると2000年の1月11日、
ウィンダ、1歳9ヶ月。

2~3歳までは本当に良く運動させました。
夫もまだ頑張りがきいてましたし^^ゞ

今でも大型犬を見ると、ふっと心が動きます。
大型犬の魅力をもう一度、この手で感じてみたい、、、ってね。

でも、もう無理。 気力も体力もついていかないでしょう。
犬にかわいそうな思いをするだけですもんね。

この写真、ウィンダ用のアルバムとは別にしまい込んであったので、久しぶりに目にしました。 しばし想いは彼方へ・・・・
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by nmariomama | 2008-02-11 02:35 | 想い出の一枚 | Trackback | Comments(20)
2007年 10月 29日

一枚の画

この間日本画展に行ったからというわけではありませんが、今日は一枚の画にまつわる想い出話をひとつ。

気がつけば、殺風景な我家の居間にも画が飾ってあったのですよね。

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もう大昔になってしまいますが、フランス語の勉強と称して、ほんのちょっとだけパリにいた時に知り合ったフランス人の女性が、結婚のお祝いにパリの想い出としてモロッコまで送ってくれたものです。

画用紙にパリのノートルダム寺院が水彩画でさらっと描いてあるだけなんですが、とても気に入って、ずーっと居間に飾ってあります。

彼女はひょっとすると、当時、今の私くらいの年だったかもしれないと思います。
実際は、私の日本人の友人、その彼女の友人のお母さんだったのです。

フランス人の友達の家に誘われたから、一緒にどう?と言われてのこのこついていったのですが、なぜか、このお母さんに私はとても気に入られてしまいました。

彼女は画を描く人、いわゆる芸術家肌の人でした。
ちょっと変わってるといえば変わった人で、世間に疎く家事もほとんどしないという話。
実際、遊びに行って食事も一緒ということになると、娘かだんなさんが台所に立っていましたから。

ほとんど出かけることもなく、画の用事でたまにパリに出るくらいらしく、暑さと歩くこと、そして人ごみは大嫌いと言っていましたっけ。

彼女との一番の想い出は、彼女がデッサンで私を描きたいと言ったので、ある時彼女のアトリエに初めて入らせてもらった時のことです。

季節は春。 

アトリエは時間が止まったかのような静寂に包まれ、窓の外のプラムの花の花びらの散る音さえ聞こえてきそうでした。

実際、この時の窓の外の風景は忘れられません。
少し向こうを向いて、という彼女のリクエストに応えた視線の先は庭に果樹の花が咲き乱れていました。

郊外電車で小一時間揺られた所にあるその家は、小人の隠れ家のように可愛らしく、私を魅了したのです。

彼女は私がパリの街が好き!と言ったので、ノートルダムを描いてくれたのだと思いますが、本当はあの可愛らしい庭を含めた彼女の家の画も欲しかったなあ、、、と今でもふと心に思います。

彼女とはモロッコに来てからも文通をしてましたが、子育てに忙しかったりの中、いつの間にか断ち切れてしまいました。。。

もうおばあさんになってしまった彼女でしょうが、赤が大好きと言っていたから、赤いジャケットを羽織って庭でスケッチをしている彼女の姿が浮かびます。
元気だといいなあ。。。
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by nmariomama | 2007-10-29 21:18 | 想い出の一枚 | Trackback | Comments(16)
2007年 07月 26日

大家族

今日は又、一枚の昔の写真から思いを馳せて、、、

これなんですよ^^ゞ
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一体いつの写真? 何を隠そう、私がモロッコに来てからすぐ、つまり23年前の写真。
写っているのは男性二人は夫のいとこ、女性は二人は妹。後、夫の母がちょこっと。
中央付近で座っているのが私ですが、来たばかりでちょっとまだ浮いてます。
今は、、、鏡を見ると、国籍不明の異国生活に疲れた色黒中年おばさん、、、が映る有様、、、

いやいや、そうではなくて、、、今日はモロッコの大家族の話をしようとしてるんですよ。

モロッコに来て、最初の2年間は夫の家族と同居でした。
部屋は夫婦の部屋がもらえましたが、後の生活のペースは全部他の家族と一緒の2年間でした。

その当時の常時の家族構成は、夫の母、(父はすでに他界)、二番目の兄、一番下の弟、妹が二人。 そしていとこが3人居候でいました。 他にすぐ下の弟は地方で仕事、週末に実家に戻ると言う生活。 それから、夫の母方の祖母も頻繁にやってきて、来ると1ヶ月2ヶ月、、、
バカンスになると、地方に住んでる長姉が子供づれで里帰り。 バカンスでなくても旦那さんが出張とかいいうとすぐ帰ってましたし、長兄家族は別居でしたが、共働きだったので朝、子供を預けに来る、、、

そんなわけで、食事時はいつも10人は下りませんでした。

最初は楽しかったですよ。 いつもゴチャーっと人がいて、、、、大家族も捨てた物ではない、と大いに楽しみました。

確かに子供が生まれてからも大変助かりました。 誰かが必ず面倒を見てくれて、子供が一人で放っておかれるってことはほとんどありませんでしたから。

昨今の日本の若いお母さんたちの子育ての大変さは、一人で何でも抱え込んでいるということではないかと思い、これほどの大家族でなくても普段からサポートしてくれる人が常時いれば随分違うだろうになあ、、、と感じるわけです。

子供を叱るという点でも、他に人がいれば、子供に逃げ場があっていいのではないか。
まあ、これは母親にしてみれば、自分の思い通りに躾けができない、、という不満に繋がるかもしれませんが。 でも、1対1だけでばかり子供と向き合っていると子供を一方からでしか見ることができなくなる。 大勢いたら、子供がちょっと向こう側に行ってくれると、子供の側面が見えたり、自分もちょっとはホッとできる。。。

でも、この大家族制はモロッコでも減少の傾向にあります。
核家族化の傾向、少子化の傾向。

モロッコ人の暮らしが少しずつ、豊かになっているということもあるでしょうが、皆、なぜ家を出たがるようになるか。

それは、モロッコの大家族制ではプライバシーがないも同然だからです。
助け合えるという点では良いのでしょうが、いつもゴチャゴチャと人がいると個の存在がなくなります。

実をいえば、私もそれで悲鳴をあげた一人です。
2年間でネをあげました。 
家のことは義母が取り仕切ってましたし、妹が二人いましたし、日々の生活は楽なのです、大家族の中で揺れる波間に漂っていさえすれば、ある意味でとても楽でした。
でも! 段々に自分が自分でなくなっていくような、奇妙な感覚。
自分では何も成し得ない日常。 子育てもサポートがありすぎて、誰が一体母親なの?
これは辛い、、、、非常に辛い体験でした。

夫の母は、どうしてなの?と一体何が不満なの?という感じでしたが、2年間が過ぎた時に別居を考えて、アパートに移りました。

日本も昔はそうだったと思いますが、モロッコの家族は日本では考えられないような家族間の親密度の濃さがあり、この真っ只中に放り込まれるのは、現在ではモロッコ人でさえ大変に感じる人が多くなってきているようです。

大家族制、、、ちょうどうまいところに収まれば、とても良い制度だと思いますが、難しいですね。
モロッコのこれはちょっと極端過ぎました。

ところで、写真の場所は台所なんですが、何をしているかというと、ミルウイという、小麦粉を練って油で焼いたものを作っているところなんです。
時間は夕方。 夕方のお茶の時間、お菓子の代わりにこんなものも良く食べました。
その部分だけちょっとアップにしてみるとこんな感じです。
塩味だけですが、焼きたては素朴な味わいで本当に美味しいのです。
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又ヅラヅラと記事にしてしまいましたが、言い足りたような言い足りないような、舌足らずの文章、いつもながらで申し訳ありませんが、よろしく御判読を。。。。
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by nmariomama | 2007-07-26 23:57 | 想い出の一枚 | Trackback | Comments(15)
2007年 06月 25日

思い出話

フローラの首輪が見つかった同じ引き出しの中から、写真が一枚出てきました。
アルバムに貼り忘れてたのか、懐かしい、息子が小学校の時の写真。
多分一年生の冬、、、だろうと思われる時期の思い出の一枚ですね。

まだ低学年のうちは子供の足で家から20分ほどの所でしたから、送り迎えをしていました。
その迎えの時のついで、教室から出てきた所で写したもの。
真ん中が息子です。 当時は軽い斜視ということで矯正のめがねをかけていたんでしたっけ。

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息子が通ったのは、モロッコの私立の幼稚園からある小学校。 
うちの様なハーフのお子さんの多くの親御さんは、たいていフレンチスクールに行かせたがります。 子供の将来をモロッコに見ていない方が多い。
それは、モロッコの教育のレベルの低さを憂慮してのこと。
又は、他のモロッコ人の子供たちとうまくやれるかどうか、、、

我家もいろいろ考えました。
フレンチは、まずはお金がかかることもありましたが、もし、幼稚園から高校まで子供をそこに送り込んだらどういうことになるか。 
フレンチスクールは小さいながらも完全にフランスの世界です。 親の片方がフレンチならばそれでいいかもしれませんが、うちはそうではありません。
日本のことはさておいて、父親の母国であるモロッコにいて、フレンチスクールに行く?
これってどうなんだろう、日本もモロッコも知らない子供、、、に育ってしまうという危惧のほうが私の頭を掠めました。
しっかり、モロッコの学校に行かせて、そして、それから自分で選ばせて外に出たらいいじゃないか。 まあ、其の過程でうまく行かなければ其の時点で考えよう。
結局はいつもどおり、暢気な考えに落ち着いたと言えなくもなかったのですが・・・

公立の小学校は確かに問題がありそうでした。 まずは夫がそう言ったし、誰に相談しても小学校の公立はやめたほうがいいと。 それで、うちから一番近い、歩いていける距離の私立の幼稚園からある小学校を選んだわけです。 (注・・・幼稚園に公立はありません。)

第二に、他のモロッコ人の子供たちとうまくやっていけるか、という問題。
これも確かに危惧されることでした。 モロッコの学校にもイジメはあります。
といっても今の日本の曲がりに曲がったひねくれイジメではなく、もうちょっと素朴な(?)、日本も昔はこんなだったよね、という感じのもの。

それに加えてですが、こちらでは、アジア人は珍しいこともあり、まあ、侮蔑の意味合いも含めて、シノワ(フランス語で中国人)と呼ばれます。 排他的な呼び方とも言えるでしょうか。
このことで、他のお子さんで登校拒否までになったお子さんもいらっしゃるし、軽んじることはできない問題で私も神経を尖らしました。

案の定、私が送り迎えで学校に姿を見せると、あちこちの子供の間から、シノワ、シノワという言葉がもれ聞こえてきました。 うーん、やっぱりまずいか!

でも、幸いに幼稚園の最初のクラスの担任の先生がとても気にかけてくださって、ある日、少し早めに迎えに行ってしまった時、私を教室まで入れてくれたのです。
そして、私が○○ちゃんのおかあさんで日本人であること、おとうさんがモロッコ人であること。 たったこれだけのことを子供たちの告げただけだったんですが、一人の女の子が席を立って私の所に走り寄ってきて抱きついてきたんです。 びっくりしてる暇もなく、其の後ダーッと他の子も来て、、、^^
それから、私が送り迎えに行くと、息子のクラスの子はみんな挨拶してくれるようになり、気がついてみると、シノワという耳障りな音は聞こえなくなっていました。

ですので、その担任の先生に今でも深く感謝です。 ああして、積極的に懐に飛び込ませてくれたから、垣根が取れたんだなあ、、、としみじみ思いました。

その後、同じ学校の小学校に進みましたが、息子はたくさんの友人もでき問題なく無事卒業できたという次第です。

この経験は大きいでしょうね。
息子は其の後ずーっとしつこく、教育はモロッコ路線を辿りましたが、今は何とか仕事もうまく行っているようで青春を謳歌しているようです。

でも、後で大きくなってからですが、
「ねえねえ、本当にシノワって苛められたことなかった?」
と聞いたら、
「うん、あったよ。 でも、気にしなかったから別にどうってことなかった。」
という答えだったので、親の私がどうとかという問題ではなく、息子の器が母が案ずるより大きかったということか、、、と何やらおかしく思えたことも事実です。

一枚の昔の写真から、随分長い話になってしまいました。
最後まで呼んでくださった方、どうもありがとうございました^^>

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by nmariomama | 2007-06-25 23:13 | 想い出の一枚 | Trackback | Comments(26)
2007年 01月 15日

雪のモロッコ

前回で春めいて来ました! なんて記事を載せましたが、地域によっては、まだ雪が降っているところがあります。

モロッコで雪! そうなんです。
モロッコにはアトラス山脈という4千メートル級の山があり、ここを中心とした山岳地方は、冬は雪となります。 そうですね、日本で言うと、ちょうど信州のような所と言えるでしょうか。

で、しっかりスキー場もあります。
昔の写真を捜しまくり、ありました! モロッコの雪景色、スキー場です^^

息子が5歳くらいの時ですから、少なくとも15年前^^;
古い写真で申し訳ないですが、想い出の一枚、ということで。。。
この年は確か雪は少ない年で、3月に入ってから結構降り、もうおしまいかもしれないというので、遊びに行った記憶があります。
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左端の下、ソリみたいのに乗っているのが息子です^^

ここは、イフラーンと言う場所で、中アトラス地方の麓、標高1200メートルほどの所です。
夏は避暑地としても賑わうリゾート地になっています。
もちろん、スキー場はここだけではなく、もっと南に下がった大アトラスに、最高峰があり、そちらのほうにもいくつかあります。

でも、スキー場でスキー履いて滑っているのは外国人ばかり。
モロッコ人は手軽にこのソリ滑りなんかで楽しんでいます。
この時は、バカンス時期も外れていたので、ガラガラのスキー場でした。

さて、次の写真は、息子がおんぶでスラロームを降りて来た時のもの。
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おんぶしてもらっている人は、スキーのナショナルチャンピオンのお兄さん。
夫のいとこの友達だったことがあって、大サービスしてくれました。
さすが、モロッコといえどもナショナルチャンピオン、ストックナシでの滑走、見事でした^^
息子は大満足、いい想い出になりました。

とまあ、モロッコも地域で随分気候も違うので、驚かれる方もきっと多いことでしょう^^
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by nmariomama | 2007-01-15 04:24 | 想い出の一枚 | Trackback | Comments(14)